“○○人にも良い人はいる”“個人と国を切り離して考えるべき”
※野球に関係ない政治よりの話ですので,苦手な方はスルーをお願いします
ここのところ中韓とのゴタゴタにより,自分の会社もその推移を見守りつつ,その対応に追われています.
カープ・イーグルスの結果なども目を通してはいますが,記事を書くにはなかなか時間と気力が….
自分は仕事柄中国人との付き合いも多いですので,その辺りも合わせて今回の情勢について私見を述べさせていただきたいと思います.
※あくまで飯尾個人の意見であり,会社の公式見解ではありません
さて,こういった外交問題の際に,表題の“○○人にも良い人はいる”や“個人と国を切り離して考えるべき”といった意見をよく目にします.
これらの理屈自体は間違いだとは思いませんが,そこから導き出される結論にはしばしば違和感を覚えます.
(1)“○○人にも良い人はいる”
これは真だとは思います.
少なくともこれまでに中国で出会った人たちはみな優しく親切でしたし,困った時には手を差し伸べてくれる「良い人」たちでした.
ちゃんと付き合ったことのある韓国人は2人しかいませんが,1人はやはり親切で優しい人でした.
(1人は話の途中で植民地時代が云々言いだしてきたので困りましたが…)
ただし,1つ大事なこととして「良い人」だから,といってこちらに最適な行動をしてくれるとは限らないということがあります.
例えば,ボランティア活動に熱心で,募金に多額の寄付をする人がいたら,その人は一般的に見て「良い人」だと判断されるでしょう.
しかし,もし仕事や家族と過ごす時間を犠牲にしてまでボランティア活動に注力していたとしたら?
あるいは,家族の生活に支障が出るほどの額を寄付金に回していたとしたら?
はたしてその人は“家族や会社にとって”「良い人」でしょうか?
詰まる所,ある人から見たら「良い人」だとしても,また別の人がみればそれは「良い人」の行動では無くなってしまうということです.
最初に書いた通り,中国人の友人たちは (少なくとも付き合いの範囲では)「良い人」ばかりでした.
しかしながら,いえ,彼らが「良い人」だからこそ,彼らの家族や友人,会社あるいは国家のために,こちらの不利益になる行動をするということはありうる話でしょう.
要するに“○○人にも良い人はいる”ということは“○○人がこちらに不利益になることはしない”の理由にはならないということです.
(2)“個人と国を切り離して考えるべき”
これも真だと思います.
外交上の問題があったとしても,少なくとも私自身は中国人の友人への対応を変えるつもりはありません.
(もちろん他人への警戒はあって然るべきだと思います)
「国が悪いからと言って,その国の個々人を無条件に非難するべきではない」という考えですね.
ただ同様に,「個々人が良いからと言って,その国自体を無条件に賞賛するべきではない」ということも言えるはずです.
(不思議なことに,“個人と国を切り離して考えるべき”ということを口にする人の多くは,前者の結論しか言わないことが多いので)
また前項で書いた通り個々人が良い人だからと言って,その行動がこちらにとって利益になるとも限りません.
“個人と国を切り離して考えるべき”だからこそ,“個々人で良い人がいるから譲歩した外交をするべき”ではなく,“外交問題はきちんと外交問題として処理するべき”だと思います.
政府には問題を混同せず毅然とした対応を望みます.
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