NEWSポストセブン『研究者が「小保方さんの立場も理解できる」と話す4つの理由』を信用できない4つの理由
こういう記事は頭にくるので書いておきます.
ネタにマジレスカコワルイはカコワルイ.
記事の概要
NEWSポストセブン|研究者が「小保方さんの立場も理解できる」と話す4つの理由
以下部分引用(強調は飯尾による)
【理由1:特許申請の焦り】
「小保方さんは学術論文の発表以前に、ビジネスの世界で役立てるため国際特許の申請を急いでいた。いや、周囲に焦らされていたのではないか」~
~STAP細胞は、英科学誌『ネイチャー』に発表される9か月前の2013年4月、米当局に特許が出願されていた。~
~まだ若い小保方さんは上司や先輩に強くいえず、研究がそこまで進んでいないのに特許申請に踏み切ってしまったのではないか~
【理由2:特許申請によって学術論文を急がされた】
特許を申請すると、次は学術論文を急がなければならない状況に追い込まれる。~
~特許を申請した以上は、より精度が求められる学術論文を早く作成し、発表しなくてはならない。そうした焦りも、彼女にあったのだろう~
~時間に追われるがえゆえに、不完全な論文を発表してしまったのだろうか。~
【理由3:掲載誌にせがまれた】
学術論文の発表媒体の間にも、激しい競争がある~
~『ネイチャー』が小保方さんに早くウチで発表してほしいと要求していたことも容易に想像できる~
【理由4:他の研究者の嫉妬】
「時間の制約のなかで、ある程度、杜撰に論文を作るというのは、実は他の研究者でもよくある話。今回、奇しくも明らかになったのは、他の研究者も論文の捏造について非常に詳しかったということだ」(同前)
引用終わり
【理由1:特許申請してから論文を書いた?】
論文と言うものは便利なもので,多くの論文ではその中に論文の投稿日*1(Received)と論文受理日(accepted)が明記してあります.
Natureに掲載された2編の論文では,両論文とも「Received 10 March; accepted 20 December 2013」と書かれています.
さて,それでは上記のポストセブンの主張を加えて時系列を整理してみましょう.
- 2009年8月:STAP細胞発見
- 2010年春:Natureに投稿するも却下
- 2013年3月:Natureに投稿
- 2013年4月:特許申請
- 2013年12月:Nature受理
一目瞭然で,論文を投稿した後に特許の申請をしています.
因みに論文を投稿してからrevisionを経て9カ月と言うのは決して長いわけではありません*2.
「研究がそこまで進んでいないのに特許申請に踏み切ってしまった」ということは「研究がそこまで進んでいないのに論文を出してしまった」ということでよろしいでしょうか?
【理由2:Natureが論文を急かす?】
残念ながら自分には,「Natureが早くウチで発表してほしい」などと要求するなどととても容易には想像できません.
もちろん,雑誌によってはProceedingやSpecial Issueなどで論文数が足りなくて論文投稿をお願いされること自体はありますし,投稿規定にinvited article(招請論文)*3の存在が明記されている雑誌もあります.
あるいは,刊行直後の論文などが論文を積極的に募ることもよくあります.
ですが,件の雑誌はNatureです.
世界最高のIFを記録している雑誌の1つ*4であり,そしてまたそれゆえに数多くの研究不正に悩まされてきた雑誌でもあります.
投稿規定に,受理論文はもちろん投稿中・執筆中の論文の添付を義務付けることが明記してある雑誌の1つでもあります*5.
下のリンクでみられますが,雑誌によっては金銭目的で問題のある受理を行っている場合もあります.
Open Access Publisher Accepts Nonsense Manuscript for Dollars | The Scholarly Kitchen
ただ,少なくともNatureは論文投稿を乞うというよりは,論文を選ぶ力の方が強いです.
さて,傍証として改めて時系列を見てみましょう.
- 2009年8月:STAP細胞発見
- 2010年春:Natureに投稿するも却下
- 2013年3月:Natureに投稿
- 2013年4月:特許申請
- 2013年12月:Nature受理
本当に早くウチで発表してほしいと要求したのであれば,わざわざ一回リジェクトせずに,また投稿から受理に9カ月もかけなければいいのにと思います.
【理由3:誰が擁護してる?】
さて,想像してみてください.
あなたが,ある職種で働いたとして,そこで1人の人間が問題のある行為を犯し問題になったとしましょう.
仮にその問題行為が極めて普通のことだったとして,わざわざ週刊誌に対して, 「その問題行為はよくある話」,「他の人もやっているから問題がすぐ明らかになった」 と言うでしょうか?
最低限合理的に考えられる人であれば,もし自分も問題行為をしているとすれば「その人物のみの問題であり,他の人間はそんなことをやっていない」と言って自分の身に火の粉が降りかかるのを避けようとするでしょう.
逆に自分はやっていないが他の人間がやっているのであれば,「この業界では悪しき常識になってしまっている.普通の行為だからもっと詳しく調べるべき」と答えておけば,結果的に自分が得することになります.
まぁ今回の件で存外多くの人が件の研究を信じたのは,「合理的に考えられる人間であれば,やがてばれる大規模な嘘を大胆につく人はいないだろう」という心理を突かれたこと面もあると思います.
加えて実際に研究者なのにも関わらず,「あれくらいの間違いは普通」とか言ってしまうフィクション作家某中部大学教授みたいな人もいるので,こんなことを言う人は絶対にいないとは断言できませんが.
因みに,嫉妬とか言っていますが,むしろ最初の方では喜んで追試を試した研究者も多かったはずです.
もちろん人間ですので,各分野のトップの人間は嫉妬されることもまた常ですが,科学的検証に耐えうる成果があれば,どんな嫉妬があろうがそれに対抗する声が出てきます.
【理由4:そもそも取材してる?】
記事を見る限り,少なくとも2人の研究者,40代の研究者と30代の研究者,が擁護的な意見をしているようです.
その発言を纏めてみます.
40代の研究者とやらの発言
- そうした特許戦略のなかで、まだ若い小保方さんは上司や先輩に強くいえず、研究がそこまで進んでいないのに特許申請に踏み切ってしまったのではないか
30代の研究者とやらの発言
- 京大の山中教授がiPS細胞の論文を『セル』で発表したように、他の2誌と熾烈な争いをしている。そんな状況下で、『ネイチャー』が小保方さんに早くウチで発表してほしいと要求していたことも容易に想像できる
- 時間の制約のなかで、ある程度、杜撰に論文を作るというのは、実は他の研究者でもよくある話。今回、奇しくも明らかになったのは、他の研究者も論文の捏造について非常に詳しかったということだ
仮にこれらの発言が真実だとすれば,
- 論文の投稿と受理の時期について理解せずに40代まで研究を続けられた研究者
- 学術雑誌の性質とNatureの権威を想像できず,また自分の分野では不正が横行しているということを週刊誌にぺらぺらとしゃべる30代の研究者(年齢的にもう数十年はその分野にいるはず)*6
が存在するということです.
なるほど,想像以上にポスドク問題は深刻なようです.
優秀な研究者でもポストがなくて困っているのに,このような人物らが職に就いていられるのですから.
まぁエア取材なのでしょう.
終わりに
仮に上記の研究者が実在し,そしてそれらの発言が真実だったとしましょう.
もしそうであれば,それに続く言葉は,「小保方さんの立場も理解できる」ではなく,「こういったことが起きないように問題を排除していかなければならない」のはずです.
前書いたことに近いですが,これを擁護するということは,
- お腹が減るのは仕方がないことだから,食料を盗むのは悪い事じゃない
- お金を欲しいのは普通のことだから,強盗は問題ない
くらい下品なことを言っているのに等しいです.
研究者は限られた時間や予算の中で研究を行っています.
その過程で周囲に成果を求められて,焦らされるのは事実です.
数か月かけて出したデータから意味のある変化が読み取れないこともあります.
苦労して得たデータが既存研究で報告されていたことが分かることもあります.
後はこのデータだけ出せばよい論文が書けると思っていたら,予想と反するデータが出てくることもあります.
この時にデータを弄れば話は簡単です.
それ自体が頭によぎったことのある研究者も決して少なくないのではないかと思います.
ですが,多くの研究者はその誘惑に負けず,真摯に研究をしています.
そのことはぜひ覚えておいてほしいと思います.
*1:正確には受取日(投稿受理日)ですが,電子投稿が主流の昨今ではほぼ=投稿日になります
*2:major revisionだと1年以上かかることもありえます
*3:要するに編集側が執筆をお願いする論文
*4:NatureのIFは30中~後半程度.分野にもよりますが,それぞれの分野で最高のIFの雑誌は10前後のことが多いです
*5:分野にもよりますが,これをしている雑誌は意外に少ないです.要するに重複投稿などを防ぐ目的です
*6:ここでは皮肉で書いていますが,現実に研究不正の追求の問題点の1つでもあります.このようなことを言うのは実質的に内部告発に等しいので,仮に研究不正がまかり通っていたとしても,多くの研究者は口を噤むと考えられます